2012年03月13日

『震災から1年〜天皇陛下のお言葉と危機管理〜』

チーム桜子・藤 えいと@です。

東日本大震災から1年が経過いたしました。

あの大惨事から1年。


皆さまはどんな風にこの1年を振り返り、

どう感じておられるでしょうか…。


さて、3月11日に政府主催の追悼式が行われ、

天皇陛下からの追悼のお言葉がございました。



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東日本大震災から1周年、ここに一同と共に、

震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。


1年前の今日、思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ、

ほぼ2万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。


その中には消防団員を始め、危険を顧みず、

人々の救助や防災活動に従事して

命を落とした多くの人々が含まれていることを

忘れることができません。


さらにこの震災のため

原子力発電所の事故が発生したことにより、

危険な区域に住む人々は住み慣れた、

そして生活の場としていた地域から

離れざるを得なくなりました。


再びそこに安全に住むためには

放射能の問題を克服しなければならないという

困難な問題が起こっています。


この度(たび)の大震災に当たっては、

国や地方公共団体の関係者や、多くのボランティアが

被災地へ足を踏み入れ、

被災者のために様々な支援活動を行ってきました。


このような活動は厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、

未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。


この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人々、

また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、

深くねぎらいたく思います。


また、諸外国の救助隊を始め、多くの人々が

被災者のため様々に心を尽くしてくれました。


外国元首からのお見舞いの中にも、

日本の被災者が厳しい状況の中で互いに

絆(きずな)を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に

印象付けられたと記されているものがあります。


世界各地の人々から

大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。


被災地の今後の復興の道のりには

多くの困難があることと予想されます。


国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくよう

たゆみなく努力を続けていくよう期待しています。


そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、

子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、

安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。


今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを

一同と共に願い、御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。  


 天皇陛下のお言葉 政府追悼式 (日本経済新聞)



もう…

涙なしには聞くことが出来ない 陛下のお言葉ではありませんか…。


陛下は2月18日に心臓の冠動脈バイパス手術をされ、

3月7日には 手術の合併症で

たまった胸水を抜く治療をお受けになられたばかり。


まだまだ体調が万全ではないにも関わらず

震災で亡くなられた方々のため、国民のために

追悼式にご出席されました。


これが私たちの天皇陛下なのです。


言葉に表せない感動を呼び起こす、それが天皇陛下のお力です。

目に見えないパワーを感じます。


私たちにはいつも国民を見守り、

祈ってくださる天皇陛下という存在があるのです。

だから頑張れるのでしょう。


日本人の強さは

天皇陛下がいつも見守ってくださるからこそであろうと

思います。


日本という国はなんと素晴らしい、

日本人はなんと幸福な民族でしょうか。


この素晴らしさ、この幸福に気がついていない国民が

存在することが残念でなりません…。



陛下は次のよう ↓ に言われました。

『国民皆が被災者に心を寄せ、

被災地の状況が改善されていくよう

たゆみなく努力を続けていくよう期待しています』と…。


陛下は復興がなかなか進まないことに

心を傷めておられるのです。


なかなか進まない被災地の復興…。


震災のために失業してしまった方の多くが

仕事が見つからない状態が続いているのだそうです。


そして仮設住宅での生活も

いつまで続くのか そのメドさえたっていないのが現状です。


福島第一原発では 今でも収束活動が継続しています。

1年経った今も 震災は過去のことにはなっていないのです。


復興がなかなか進まない原因となっている、瓦礫処理ですが…。

国民の16%に当たる人々が 強く反対をしているそうですね。

脱原発、反原発派の方々の「瓦礫受け入れ反対」の運動は

ご自由におやりになればいいと思います。


しかし、それならば瓦礫処理の対策を考えていただきたい。

瓦礫の処理が進まなければ 復興はどんどん遅れるのです。

何も放射能汚染されている瓦礫を

日本全国にばらまこうというのではないのですよ。


東北全体が放射能にまみれているわけではないのですから…。

瓦礫受け入れ反対の抗議の中には

「震災瓦礫は被災した3県で処理したらいい」

なんていうメールがあったそうですが…。


呆れるやら悲しいやら…。


被災地だけでは限界を超えていて対応できないから

被災した地域が支援を求めているのではありませんか…。


1年前に皆で【絆】といった、あの気持ちは

どこへ行ってしまったのでしょう…。


陛下がおっしゃった『国民皆が被災者に心を寄せる』とは

どういうことなのか、

被災していない私たちは何をしたらいいのかを

考える必要があるのではないでしょうか…?


また、陛下は次 ↓ のようにも言われました。

「この大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、

防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して

進んでいくことが大切と思います」…と。


皆さまは『津波てんでんこ』をご存知でしょうか。


近代日本、第二の大災害と言われる三陸を襲った明治の大津波。

約2万2000人の尊い命が波に消えた。

綾里白浜では、最大波高38.2mを記録し、

1269人(住民の56.4%)が亡くなった。


そしてこの津波の特徴は、ヌルヌル地震やスロー地震と呼ばれ、

震度2.3という小さな地震発生後、

30分から1時間後に津波が襲来。

不意打ちであったという。


津波が発生した場合、

波高が高くなりやすい急峻なリアス式海岸である三陸海岸には、

明治の津波以降「津波てんでんこ」という言い伝えがある。


津波の時は、事前に認め合った上で

「てんでんバラバラ」に逃げて

一族共倒れを防ごうという意味である。


明治の津波の際、子(夫)が親(妻)を助け

親(妻)が子(夫)を助けて共倒れになったケースが

多かったという教訓から生まれた。


津波が押し寄せて来たら

だれかれ構わずとにかく逃げる。一人でも助かる事。

自分の命は自分で守る。

そうしなければ一族の血が絶えることにもなる。

    命を守る知恵「津波てんでんこ」より



岩手県釜石市では、3千人近い小中学生のほとんどが

無事に避難したそうです。


校庭に出た生徒たちは教師の指示を待たず、

高台に向かって走り 津波の被害から身を守ったのです。


先人の知恵『津波てんでんこ』を語り継ぎ、

避難訓練をしっかりやっていた この小学校の子供の多くが

助かったんですね。


それに対して避難まで30分校庭に待機させていた小学校は

子供の7割を亡くしてしまいました。


 全校児童の7割が亡くなった大川小学校 

高台避難まで30分校庭待機していたことが明らかに



津波がそこまで来ているのに、

どこにどうやって避難させたらいいかを

30分も話し合いをしていたそうですよ!


この小学校の教師達は…!


保護者が教師に

「6mの津波がすぐ来るから裏山に逃げるべき」と訴えても、

教師はその保護者を

「お母さん、落ち着いてください」とたしなめたそうです。


そして様子を見に行っていた教頭先生が堤防から走ってきて、

「もう津波来てるから早く逃げて!」と叫び、

そこから小走りに逃げたそうなんですね。


しかし、時はすでに遅し…。

多くの子供達が犠牲になってしまったのです…。


先人の教え、日頃からの訓練。

これが生死を分けたのです。

危機管理がないということは

こういう時に現れるということでしょう。


亡くなった子供達が気の毒でなりません…。(涙)



陛下が言われた

『子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、

安全な国土を目指して進んでいく』ということ。


それは『先人の知恵を生かし、危機管理を持ち、

安全な日本の国にするべし』ということです。


日本は危機管理が非常に弱い国です。

防災、国防を含め、国を、国民の命を守るためには

何が必要なのかを、

国民 皆で真剣に考える必要があるのではないか…と、

そんな風に思います。

 
 
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posted by チーム桜子 at 17:22| Comment(5) | TrackBack(1) | 藤えいと@
この記事へのコメント
東日本大震災の前から大きな地震や津波などの天災はたくさんありました。多くの歴史書などに被害を詳しく書かれていて残っていますね。古典を疎かにするといけませんね。多くの人が、古代からの文献を読んで、考える事が必要ですね。子孫の人にこの災害の教訓を伝えていくのは、災害の文章や映像を後世まで残していくべきですね。多くの人がこの災害のビデオをとりました。何百年後・何千年後の人が見れるように保存することが大切ですね。日本には、六国史などの歴史書をはじめいっぱいの本があります。古典を後世に伝えなければなりません。この災害の記録が、21世紀の歴史書として何時までも忘れられずに伝えられると良いですね。
Posted by 上坂ダム at 2012年03月13日 18:04
「喜ぶ者とともに喜び、悲しむ者とともに悲しみなさい。」

「いつも身分の低い者とともにいなさい。」

いずれも聖書の言葉だが世界の元首の中でも日本の天皇陛下こそがこれを実践されている無双の存在に思えてならない。
震災直後に我が家は計画停電区域で、対象外の東京の方にやや不公平感を抱いたが、陛下は対象外であるにかかわらず、自らをグループ決めされて停電を実施され、思いを一にされた。

弥栄!!

Posted by ぱしり高跳び at 2012年03月13日 23:19
天皇陛下

尊い御存在ですね(涙
Posted by ちゃぷ at 2012年03月21日 21:36

>皆さま、コメントをありがとうございます。


>上坂ダムさん。

>古典を疎かにするといけませんね。多くの人が、古代からの文献を読んで、考える事が必要ですね。子孫の人にこの災害の教訓を伝えていくのは、災害の文章や映像を後世まで残していくべきですね。

その通りですね。
先人から学ぶことはたくさんあります。
災害が多い日本。
今回と同じような大災害は過去に何度もありました。
きちんと正しく子孫に言い伝えていかねばなりません。
災害は忘れた頃にやって来る。
だからこそ、記憶が薄れてしまわないように正しく教え、伝えていかないといけないと思います。

それと…判断力と決断力でしょう。
会議が大好きな先生方は、何をするにも話し合いを行います。
今回、犠牲になった小学校では 子供を校庭に待機させ、30分も話し合いを行っていたそうです。
先生の中に判断力の優れた方がおられたら、こんな悲劇はなかったのではないか…と思います。



>ぱしり高跳びさん。

>「喜ぶ者とともに喜び、悲しむ者とともに悲しみなさい。」
>「いつも身分の低い者とともにいなさい。」
>いずれも聖書の言葉だが世界の元首の中でも日本の天皇陛下こそがこれを実践されている無双の存在に思えてならない。

同感です。
陛下の心は神様のようです。

被災地の訪問で、被災者の方々はどんなに心が慰められたことでしょう。
天皇という宝物を持つ、我々日本人は本当に幸せですね。



>ちゃぶさん。

ホントに涙が出るほど尊いご存在です。
天皇皇后両陛下のお姿を見て、涙がこぼれます。。。




       藤 えいと@


Posted by 藤 えいと@ at 2012年03月22日 05:10
両陛下のお気持ち民間の私達も涙が出る思い出です
Posted by 仁王雅治 at 2012年10月06日 03:13
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