2011年11月06日

『日本は歴史に学べ〜「全米日系米国人記念碑」inワシントンDC』

チーム桜子・藤 えいと@です。


先日、このようなニュース ↓ がありました。


【ワシントン時事】


第2次大戦中、米軍に加わった日系人に

米国民最高の「議会勲章」を授与する式典が2日、

連邦議会内で行われ、

欧州戦線で戦った陸軍第442連隊などの出身者や

その家族数百人が参加した。


式典には共和党のベイナー下院議長や

民主党のリード上院院内総務ら両党幹部が勢ぞろい。


ベイナー氏は式辞で

「内にあっては人種差別との、

外にあってはファシズムとの二つの戦いに身を投じ、

勇敢さと国家への献身を示した人々の功績を

永遠にたたえる」と述べた。


442連隊出身者で、戦後、

ハーバード大教授(細胞生物学)になった

ススム・イトウさん(92)は式典後、

「日本人の精神を持っていることに誇りを感じている。

部隊のみんなで栄誉を受けたのはうれしい」と語った。


(2011/11/03−07:06)


  日系人部隊出身者に米最高勲章「日本人の精神に誇り」

(時事ドットコム)


このニュース ↑ を見て 私は胸が熱くなりました。

日系アメリカ人とは 帰化をしたアメリカ国籍を持つ米国人です。

しかし…あの時代は日本をルーツに持つ…というだけで

アメリカ人でありながら異常な弾圧を受けたのです。


ほんの60〜70年前であっても

まだまだ人種差別があった時代です。


たとえ戦争が起こってなくても

白人ではないというだけで

差別をされていた時代だったのです。



その上 ルーツが敵国となったら…

我々の想像を超える理不尽な差別があったことでしょう。



そんな中、アメリカ人として、

そして祖国日本を誇りとして、

日系アメリカ人は賢明に時代を生きたのですね…。



そして先の大戦では 日系アメリカ人は

米軍として日本と戦ったという歴史があります。



戦争直前には日系人の間で

「日米両国のいずれに忠誠を尽くすべきか」が

大きな問題となりました。



アメリカに移住し、アメリカに帰化をしたとしても

祖国は日本なのですから、

そりゃ大きな問題になったことでしょう。



当時の日本の総理大臣、東条英機氏は

日系アメリカ人に向けて

戦争直前に次のような手紙 ↓ を送っています。


『日系二世はアメリカ人である。

だからあくまでも

自国に忠誠を尽くして当然である」…と。



皆さまは

「442日系部隊ーアメリカ史上最強の陸軍」

という映画をご存知でしょうか。



442日系部隊とは、

日系人兵士だけで構成されたアメリカの部隊です。



祖国日本と戦う苦悩があっただけでなく、

アメリカの中でも差別と戦い、

アメリカ史上最も多くの勲章を受けた部隊なのです。


「442日系部隊ーアメリカ史上最強の陸軍」は、

その日系人の兵士達を描いた映画なのですね。


興味がある方は

「442日系部隊ーアメリカ史上最強の陸軍」 公式HP

をご覧になってください。



先の戦争が終わった時、当時のトールマン大統領は

442日系部隊に対して次の言葉 ↓ を贈っています。


『諸君は敵だけでなく 偏見とも戦い,勝ったのだ』…と。



皆さまもご存知のように当時のアメリカにおいて、

日系アメリカ人,及び

日本人移民に対する強制収容政策が行われました。


アメリカ本土のみならず、

アメリカの影響下にあったペルーやブラジルなどの

ラテンアメリカ諸国の連合国、

またカナダやオーストラリアなどの

イギリス連邦においても

この強制収容政策が行われました。


開戦前に

フランクリン・D・ルーズベルト大統領の命により

日系アメリカ人および日本人の忠誠度を調査した

カーティス・B・マンソンが、

「75%以上の日系一世、

90パーセント以上の日系二世は

合衆国に対して忠誠であり、

日系人より共産主義者の方が危険である」

と報告していたにもかかわらず、

日系人は全て「敵性外国人」として扱われたのです。


そして、

アメリカで賢明に築き上げてきた財産は没収され、

あるいは二束三文で売却し、

収容所に向かわざるを得なかったのでした。


詳しくはこちらのサイト ↓ に書かれています。

興味がある方はご覧になってくださいね。


  日系アメリカ人収容所問題の真実(佐々木智江 著)


戦争があった60〜70年前は

人種差別は普通にあった時代でした。


外見の違いであからさまに差別をされた時代だったのです。

よく働き 勤勉な日本人に対してのジェラシー、

そして何とも表現しがたい恐怖感のようなものも

あったのではないかと思います。



戦後に東京裁判で、敗戦した日本を徹底的に叩き

二度と日本人が欧米に牙を剥かないようにしたのは、

勤勉な日本人に対する欧米人のジェラシーと

恐怖心があったからではないか…とも思います。


そして、今の時代に「JAP」という言葉を

抵抗もなく使う日本人がいること…。


これはきっと…

歴史を知らない日本人が増えている

ということなのでしょうね。



戦争を知らない世代が増え、

あの時代に生きた日本人や

日系人の苦悩を想像することもなく、

今、平和に生きることができるのは

誰のおかげなのか、

安全に海外旅行ができ、外国で生活ができるのは

いったい誰のおかげなのかを考えようともしない。


歴史を知らず、

知ろうともしない日本人が多くなっている…

ということではないでしょうか…?


これも戦後の教育の賜物なのかもしれません。


日系人の収容は迅速に行われた反面、

解放には4年もの年月がかかったといわれています。


戦争が終了して3年が経過した1948年になって、

当時のトルーマン大統領は

日系アメリカ人賠償請求法を承認させるべく

議会に働きかけを行ったのです。


多くの年月をかけ、1976年にようやく

当時のフォード大統領がアメリカ独立祭の一環として、

フランクリン・D・ルーズベルト大統領が決定した

第9066号を破棄し、

「誠実な清算」は「国家の偉業」と同じように

「国家の過ち」を検証しなければいけないとしたのです。


ところで、わたくし、先日

ワシントンDCに行ってまいりました。

なぜ、長々と ↑ のようなことを書いたのかと言いますと…。

実はワシントンDCにある

「全米日系米国人記念碑」について

記事にしたかったからなんです。


  amerckanJapanese1.jpg

こちら ↑ が その記念碑


『National Japanese-American Memorial』です。


この記念碑は日系アーティストのアカム氏によって作られたものです。

2羽の鶴のようですね。いったい何を意味する像なのでしょうか…?


もうすこし拡大してみましょう。


   americanjapanese2.jpg



   americanjapanese3.jpg



おわかりいただけますでしょうか…?


有刺鉄線で縛られている2羽の鶴の姿なんですね…。


強制収容所に入れられた日系人の悲劇、

苦悩を表している像なのです。


周囲の壁には全米10カ所の強制収容所と

収容された日系人の人数、

そしてアメリカに忠誠を誓うために

ヨーロッパ戦線の最前線で戦い、

戦死された日系米国人兵士の名前が刻まれています。


1976年になって やっと

フランクリン・D・ルーズベルト元大統領が実施した

第9066号の政策は誤りである、

とアメリカ政府は認めたわけですが、

実際に謝罪し、賠償が始まったのは

終戦から43年も経過した1988年の

レーガン政権になってからだったのです。


レーガン元大統領は 次のように謝罪しています。


『Here We Admit A Wrong Here We Affirm our commitment

     As A Nation to Equal Justice Under the Law.』


『われわれは過ちを認める。

国として法の下では平等であることを断言する』…と。


  americanjapanese4.jpg


これによりアメリカ政府による日系人への

正式な謝罪が行われたのですね…。 


戦争は悲劇以外の何ものでもありません。

これからの時代に 万が一大きな戦争が起こったら…!


祖国を相手に戦うことを

余儀なくされた日系米国人兵士の苦悩が

繰り返されることとなるでしょう。


戦後、グローバル化が進み、移民が増え、

外国籍を取得する方が多くなりました。


自分の祖先、両親、親戚、友人がたくさんいる祖国 日本を

敵に回さなくてはならない事態が起こったとしたら…。


悲しく辛いことではありませんか…?


そんなことにならないように

戦争を回避するような政治をしてもらわないといけないのです。


戦争を引きおこさないよう、

世界の中の日本を考えて政治を行うような政治家を

国民は選ばなくてはなりません。



平和憲法があれば大丈夫!

戦争反対!…と叫んでいるだけで

戦争が回避できない状況が出てくる可能性があるんです。


現に大東亜戦争だって、

最後まで戦争突入に反対する日本の上層部が

多かったのですから…。



あの時代、世界の中で孤立してしまった日本は、

ABCD包囲網で資源を断たれ、

ハルノートを突きつけられ、

戦争を回避する手段がなくなってしまったのです。


政治が誤った方向に舵を切ってしまったら…

戦争という道に進まざるを得ない状況になる可能性は

いつだってあるということなのです。


私は「全米日系米国人記念碑」の2羽の鶴の像を観た時、

涙があふれました。



戦争を二度と繰り返してはならない。


そのためにも、日本は歴史に学ばなくてはならない。


そう強く思いました。


ワシントンDCに行かれる機会がありましたら、

ぜひ「全米日系米国人記念碑」を訪れてくださいね。


      【インフォーメーション】


   「全米日系米国人記念碑」

 (National Japanese-American Memorial)

  ワシントンDC キャピトルヒルエリア

  地下鉄レッドライン Union駅から徒歩10分

  Union駅からLouisiana Aveを南に歩いた右手にあります。

    (英語サイト

 
 
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posted by チーム桜子 at 04:14| Comment(4) | TrackBack(1) | 藤えいと@
この記事へのコメント

米国による日系人部隊の顕彰、名誉回復措置は当然のことで、この部分は賛同できます。

しかし、「戦争を二度と繰り返してはならない。」というあなたの主張は理解できません。

文中で“念仏平和論”を退けていますが、あなたの主張も護憲陣営の言う非戦論と全く同じではありませんか。

例えば、もしわが国が中国に侵略されたらどうするのですか。現実に尖閣諸島が中国の侵略の危機に直面していることはご承知ですよね。

尖閣はとられてもかまわないというお考えですか。尖閣の次は沖縄ですよ。これも中国に差し上げますか。次は本土ですよ。・・
あなたは、外国の侵略を容認する立場ですか。
そんなことでは、国民の福祉は守れないのですよ。
そういう事態になる前に、日本人なら、男女を問わず、戦いに立ち上がるべきでしょう。これは「戦争」ではないのですか。非戦論には全くリアリティが無いのです。これを称して「平和ボケ」と言うのです。

大東亜戦争に触れていますが、あなたの考えはいわゆる自虐史観、あるいは戦争の原因を国内要因からしか考えない、半藤一利の「蛸壺史観」というべきものです。

この戦争の原因に係る複雑、多岐にわたる要因を検証すれば、単純に先の大戦自体誤りだったとは言えず、20世紀全体を通して歴史を俯瞰すれば、国策に誤りを来たしたのは、米国のほうであったことは今日では明白でしょう。

正しい歴史認識に立って立論しないと、論旨不明、自己矛盾を起こします。

なぜ日本が開戦しなければならなかったのか、もっと広い視野で勉強してください。
そうでないとあなたの立論には説得力がありません。
もう一度この文章でご自分が何を言いたかったのか、頭を整理して、再構成してください。





Posted by 金田寛幸 at 2011年11月18日 12:48

金田寛幸さん、コメントをありがとうございます。

>「戦争を二度と繰り返してはならない。」というあなたの主張は理解できません。
>例えば、もしわが国が中国に侵略されたらどうするのですか。現実に尖閣諸島が中国の侵略の危機に直面していることはご承知ですよね。

私は 戦争を繰り返さないためにどうすればいいのかを考える必要がある、という意味でこの記事を書きました。
もちろん、尖閣諸島のこと、竹島問題、北方領土のこと、その他の世界情勢はわかっているつもりです。
もし、日本国家の主権が脅かされるようなことはあれば戦わなくてはならないと思いますし、戦うべきです。
しかし、今の日本の状況で戦えますか…?

私が戦争は二度と起こしてはならない、と書いたのは、
何があっても戦争反対!という意味ではありません。
戦争を起こさないような社会にしなくてはならない…という意味で書いたのです。
戦争を起こさないようにするには、金田寛幸さんはおわかりでしょうけど、
軍事力を持たないとお話しになりません。
「戦争反対! 憲法9条死守! 子供を戦場に行かせない!」と叫んでいるだけでは戦争を回避できないのです。
子供を戦場に行かせない…ということは、たとえ有事があっても国を守らなくていい…ということです。
そういう教育をしている今の日本の現状が問題ではないのか?…と思っているんです。

自国を自分の国の力で守る。
そして、軍事力で威嚇しながら世界と対話をしていかなくてはいけないのです。
戦争が終わって66年が経過しましたが、
いまだに憲法改正の声が国民世論の主流にならないことが問題であると思っています。

大東亜戦争がなぜ始まったのか、それについてはわかっているつもりです。
でも、あの当時,日本がなぜ世界から孤立してしまったのか、
その時の政治はどうであったのか、
あの時代の世論はどんな風であったのか、
そのことも考えないといけないと思っています。


私がこの記事を書いたのは、
あの時代に苦しんだアメリカ在住の日系人がいたということをお伝えしたかったからです。
もちろん、ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、
慰霊碑に訪れる日本人の姿がないことがとても残念に感じたものですから…。


長文失礼しました。


    藤 えいと@

Posted by 藤 えいと@ at 2011年11月18日 23:51
自由意思で柔和な感覚で書いてるブログに一方的な物言いでコメを書き込むのは如何なものか・・・。

「ここの文章はどんな意味で書いたのですか?」と「伺いをたてるワンクッション」があった方が良いと思います。

「あなたは他人の眼の中の塵は見えても自分の眼の中の丸太は見えないのか。」って有名な聖句もありますしね。

いちいち相手にしないといけない桜子のみなさんが何だか不憫です・・・。

Posted by ぱしり高飛び at 2011年11月22日 10:25

>ぱしり高飛びさん。

文章で思いを伝える…ということは難しいものだと痛感しております。
いろんな捉えかたがありますし…ね。

チーム桜子のメンバーは みんな日本のことが大好きで、
今の日本をとても憂いています。
このままじゃいけない…って思っているんですね。
声を上げないと何も変わっていかない。
だからこうやって、それぞれのメンバーがいろんな角度からメッセージを発しているのです。

批判もあるでしょう。
でも、わかってくださる方もきっといる。
そう信じて、チーム桜子は今後も頑張っていくつもりです。

コメントをありがとうございました。嬉しかったです。


     藤 えいと@


Posted by えいと@ at 2011年11月24日 11:19
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