2011年05月09日

『政治に対する関心度 : 日米の違い』

チーム桜子・藤 えいと@です。

先日、日本に電話をかけました。

東北関東大震災のこと、

福島原発の事故のことなどが話題にあがり、

日本はこれからが大変な状況になるだろうな…

ということなどを話しました。


そして震災に対処している民主党のふがいなさに関しても

話が及んだのですが、

その時に、電話の相手の方(Aさん)がこう言われたのです。

「まぁ、自民党でもどこでも同じでしょうけど」…と。

電話の相手の方は、かなりのインテリで

政治に関して無関心ではない方なのですが、

社会や政治に関する情報を

主に新聞から得ているという方なのですね。


で、ここからしばし、政治の話になったわけです。

私 : 「いや〜自民党は頑張ってますよー! 

今、自民党が与党だったら

こんなひどい状況にはなってなかったと思いますねぇ」


Aさん :「そんなことはないでしょ、どこがやっても同じよ」


私 : 「どの党がやっても同じってことはないと思いますよ。

民主党にこれ以上日本を任せていたら

えらいことになると思いませんか?」


Aさん :「あなたね、他でもそんなこと言ってるの? 

政治家でもない人間が政治のことに首を突っ込んで

あれこれ言っちゃダメ」


私 :「え? どうしてですか? 

国民が政治のことを話したらダメなんですか?」


Aさん :「政治にあれこれ文句を言いたいのなら

政治家になりなさい。

政治家でもないのにあれこれ 言うモノじゃない」


私 :「そうなんですか? 日本の政治がどうあるべきか、

国民がいろいろ考えたり発言したらダメなんですか?」


Aさん :「政治のことは政治家に任せておけばいいの」


…国際電話だし、討論するつもりもなかったので

「そうですか」で、この話題は終わったのですが…。


昔から日本では他人とは

「政治と宗教の話はするな」と言われています。

宗教に関してはわかるのですが、

政治の話をタブー視する風潮が

現在においてもありますよね。

今回は、このことついて考えてみたいと思います。


私は成人した頃はまだ学生で、

選挙権はあったにもかかわらず

学生の間は一度も

選挙に行ったことはありませんでした。

学友たちも同じような感じで、選挙時であっても

特に選挙が話題にのぼることもなかったように

記憶しています。

私がはじめて選挙に行ったのは…社会人になってから、

しかも当時勤めていた職場が左巻きで

選挙の時になると選挙活動が盛んであったから…

なのですね。


政治にはほとんど興味がなく、

言われるがまま投票していたのです。

お恥ずかしいことですけれども…。

20歳も過ぎたいい大人なのに

なぜ政治に興味がなかったのだろう…?

そういや家族や職場の友人と

政治のことを話題にしたことはなかったな…と、

今になって思うのです。

友人はともかく、家族との会話の中でも

政治の話が出たことがない…って…。

皆さまのお宅ではどうでしたか? 

ご両親や祖父母と政治を語り合ったことがありますか…?

我が家だけでしょうか…?

いや…きっと、家族や親戚に

政治家がいるという家庭でない限り、

家庭内で政治や政党の話をすることは

さほど多くはないのではないかと思います。


なぜなのか…?


これは学校教育の問題ではなかろうかと

私は思うのです。

学校教育では「政治経済や現代社会」で

一通りの政治の系統的知識を

子供に学習させることになっていますが、

教育基本法第8条第2項において

「法律に定める学校は、特定の政党を支持し

又はこれに反対するための政治教育その他

政治的活動をしてはならない」

と規定されています。


つまり

「教師が特定政党の支持に結びつける目的を持ち、

特定の政治的イデオロギーを一方的に

価値の高いものとして教え込むような教育を行うことは

禁止」されているわけです。


「望ましい政治の在り方及び主権者としての

参政の在り方について」の教育にとどまり、

政党の政策を具体的に学習する機会がないのですね。


その結果、成人して選挙権を行使する際に

どの党に投票してよいかの判断材料を持っていない

という現状があるのではないか…と思うのです。


ところで、外国では

どのように教育がさなれているのでしょうか。


私が住んでいるアメリカにおいては、

家庭内で政治の話が日常的に行われていることが

多いようです。


選挙があったり、

政治家が何か問題を起こしたりした時に、

自然と政治の話が家族間で行われるそうなのです。

(もちろん全ての家庭で そうだとは言い切れませんが)


父親が共和党、母親が民主党支持者(逆もあり)など、

家族間で支持政党が異なる家庭もけっこうあるようで、

そういう場合は、

夫婦間で徹底的に議論しあうことがあるそうなんですね。


子供は幼い頃から政治の話を聞いて育つのです。


そして学校では「共和党派 VS 民主党派」に別れ、

ディベートを行う授業があります。


「共和党派」のグループは共和党、

「民主党派」のグループは民主党に関して

事前に一生懸命に下調べを行い、

そしてディベートに参加し、

生徒同士で意見を戦わせるのです。


そういう授業を通して

政治に関心を持つようになるんですね。

アメリカ人は16〜18歳頃になると

自分が支持する政党が

ほぼ決まっていることが多いそうですよ。


日本と全く違いますよね。


成人式に出席する日本の新成人の何%が

支持政党をしっかり持っているのでしょうね…?


皆さまは

どちらの教育の方がいいと思われますか…?


そして、もうひとつの日本の大きな問題は

日教組の存在です。


教育基本法において

「教師が特定政党の支持に結びつける目的を持ち、

特定の政治的イデオロギーを

一方的に価値の高いものとして

教え込むような教育を行うことは禁止」されているにも

かかわらず、

民主党や社民党(旧社会党)と深く関わりを持ち、

政治的イデオロギーを持って

教壇に立つ教師が存在するのです。

(全ての教師がそうではありません)


私がよく覚えている教師の言葉に

「棄権も国民の権利である」

というものがありました。


つまり

「自分が支持しようと思う政治家がいなければ

選挙を棄権してもいい、それも権利のひとつ」

だというのです。


その当時はさらっと聞き流していましたが、

これってとんでもないことなんですよ!

選挙を棄権することは

「主権を放棄」していることに他ならないのです。


touitutihousenkyo.jpg

見てくださいよ…この年々下がり続ける投票率 ↑ を…。

ものすごい右肩下がりではありませんか…。


ところで、4月11日と24日の統一地方選に

皆さまは選挙に行かれましたか?

今回の統一地方選挙の投票率の平均は

何と52.97%で,過去最低だったそうですよ。


二人に一人は棄権している…ってことですよね?


投票率が最も低かったのは

群馬県館林市の34.97%だったそうです。


今回の低投票率は

「有権者の政治へのあきらめや

幻滅感が投票率に表れた」と

分析されているそうですが…。


ちょっと、ちょっとぉ〜ダメですよぉ〜〜〜!


棄権することは

「政治家が何をやろうとお任せします,

好き勝手やってください」

という意思表示しているってことなんですよ!


政治に関心を持たない国民が多ければ多いほど

いい加減な政治家が増えます。

国民がしっかりと厳しい目で政治を見ていれば

政治家はいい加減なことはできないし、

いい加減な人が立候補することもないのです。


まともな人材がいないから棄権するんだ…

という人もいますが、

人材がいないっていっても、

立候補したその中から

誰かが当選してしまうわけですから。


いい人材がいないと思うなら

自分が立候補すればいい。


それができないのであれば、立候補している人の中から

消去法でもいいから

一番マシな人を選ぶしかないのです。


それが「民主主義」というものなのです。


政治に関心がなく棄権する有権者が増えた結果、

特定のイデオロギーを持つ候補者が

当選することだってあるわけです。


棄権した者のみが被害にあうならいいですが、

選挙の結果は

すべての国民に影響を与えてしまいます。

棄権しなかった人までが棄権した人の

「白紙委任」に迷惑をこうむってしまう…

という現状になっているのが

今の日本の姿ではないでしょうか…?  


「民主主義は最悪で最善のシステム」

であるといわれています。


国民の意向無視の独裁政治ではなく、

民意で選ばれた人物が政治を行う=最善


しかし、数で勝負するため

とんでもない人材が選ばれたり、

とんでもな政策が

採択されたりする可能性がある=最悪


これが「民主主義」の特徴なのですね。


だからこそ!

国民全員が政治にしっかり関心を持って、

間違った方向に流れないようにしなくては

ならないのではないでしょうか。


「国民は一流、政治は三流」

といわれている日本ですが、

「政治を見る目に関しては

日本国民は三流」であると私は思っています。


「政治を見る目に関して一流」になるためには、

普段から政治の話ができる雰囲気を作る必要が

あるのではないかと考えています。


家族の間で自然に政治について話題にすることができ、

ママ友や職場でのランチタイムに

「政治」の話をしても

ドン引きされないムードができたら、

その時こそ!

日本の政治が一流になる時なのではないかな…

と思います。

 
 
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posted by チーム桜子 at 04:58| Comment(8) | TrackBack(0) | 藤えいと@
この記事へのコメント
Aさんはそれほど政治に興味も無ければ詳しくもないだけなのでは?

詳しくないけど詳しいフリがしたいだけなのでは?

私の職場にも多いです。(笑)
Posted by やつめうなじ at 2011年05月09日 10:41
始めまして、私のことはyafooプログムチチのネームで色々述べています。
今でもそんな方見えるんですね。40年ぐらい前ならそれが普通でしたが!。
言われるとうり政治と経済の教育がないですね。
人と生まれ最も学習すべきものはその国の法律と自分の心身の学習と思います。
一人間一国家を理想とする中高年です。
よろしく御願いします。

Posted by 戸田 敏寿郎 at 2011年05月09日 20:39
わたしは、都知事選挙には石原都知事を投票してきましたよ!
東京はいれるべき人がいるだけ幸運なのかもしれませんね。
Posted by ともとも at 2011年05月10日 01:56
初めまして。
長いコメントどうぞお許しください

私は投票を、
世の中、特に政治に対して、
自分が物申すための
合法的な一手段だと考えます。

政治家本人と一対一で話す方が
確実にメッセージが伝わるのでしょう。
でも、そんな機会やできる人は、
ごく限られてるし、
こちらも日々の苦しい生活で手一杯です。

それに投票(選挙権)って、
国籍や住所をちゃんと持ってないと
できないんですよね。
この不景気、天災で、
いつ職や住所をなくしてもおかしくありません。

だから、
今、住所を持ってるうちに、
世の中や自分たちの暮らしをよくしたい!
そのためにできることはなんだろう?
テロや犯罪的行為で人の命奪ったり、
心身を傷つけるのじゃなくて、
まっとうな方法はなんだろう?

そう考えてたどり着いた答えの一つが
できる限り投票することです。
それが蟷螂の斧でしかない行為でも。
一寸の虫にも五分の魂ならぬ、
一寸の庶民にも五分の悲願と意地です!


Posted by かたでん at 2011年05月10日 04:21
学校教育は、ざるだと言われています。政治に関心がある講義を少ししてもほとんど変わらないです。子供は、学校よりテレビや雑誌などの影響の方が大きいし、親の考えや友達の考えにも影響します。損得で行動して自分の事しか考えない世相に染まってきているのと思いますね。自分から行動しないけど多くの物を手に入れたいという考えに染まっていますね。
政治家に騙されて誰も信用していない人が多いと思いますね。政治家が約束守らないと、多くの人が約束を守らなくなります。人を信用しなくなりますね。政治家は、国民の模範になって欲しいです。できもしないことで人気取りの政策を言わない事ですね。
誰がなっても同じと思う人は、選挙の時しか関心ない人ですね。ふだんから、政治家のブログを読んだり、会える機会には会うことですね。
Posted by 上坂ダム at 2011年05月10日 15:52

皆様、コメントをありがとうございます。


>やつめうなじさん。

この方は政治に関心がないわけではないのですが、
情報源はすべて新聞(3紙読んでおられます)からのようですね。
ちょっと年配の方なので、戦後の情報制限があった時代のことがあるせいで、こういう考え方なのかもしれません。




>戸田 敏寿郎さん。

40年前は普通だったのでしょうね。
でも、今でもそうですよ。
政治の話を友人の間で出すと「もっと楽しい話をしようよ〜」って言われます。
中には聞いてくれる人もいますが「あなたはどう思う?」って聞いても「うーん、わかんない」って返事です。
普段から政治のことを考える習慣がないのでしょうね。

教育の場で政治や経済について生徒に考えさせる、そんな授業があってほしいと思います。
教師から教えられる教育ではなく、自分で考える教育が日本には必要ですね。




>ともともさん。

石原都知事、当選してよかったですね。
石原都知事はパチンコと自販機の電気を何とかするって言ってくださいました。
特にパチンコ。
今まで誰も触れられなかったこの業界にメスが入ることを期待したいです。




>かたでんさん。

>私は投票を、世の中、特に政治に対して、自分が物申すための合法的な一手段だと考えます。

同感です。
だからこそ、棄権はやってはいけない行為なのですよね。

しかし、悲しいかな。
今の有権者の半数は棄権してしまっているのです。
国政になるともっとかもしれません。
せっかくの選挙権を無駄にしています。
選挙に行かないくせに文句だけ言うのはおかしいですよね。

自分でしっかりと考え、どの政党、その政治家であれば日本のことを真剣に考えてくれるのか、
それを判断するのが有権者の義務であり、権利です。
そのことをしっかり考えて選挙に臨んでほしいと思います。




>上坂ダムさん。

>学校教育は、ざるだと言われています。政治に関心がある講義を少ししてもほとんど変わらないです。

今のままでは変わらないでしょうね。
教育者が政治のことをわかっていないし、
親もそうです。
親が政治に興味を持っていません。
TVやマスコミに流される大人が多いのが今の日本の姿です。

すぐには変わらないと思いますが,10年くらいのスパンで教育を変えていかないと、
日本はだめになってしまうと思います。

アメリカも昔からこういう教育ではなかったんですよ。
1980〜90年代は堕落したアメリカの姿がありました。
これではいけないと教育改革が行われ、今のアメリカの教育があるんです。
現在のアメリカの教育現場では、生徒に政治のこと、選挙の大切さを教え、考えさせ、
16〜18歳になるころには支持する政党を決めているのです。

すぐには変わらないから何をやっても同じ、ではないと私は思います。
変えていかなければ日本の今の状況は変っていかないと思います。



   藤 えいと@



Posted by 藤 えいと@ at 2011年05月11日 05:54
私は思うのですが、政治ってなんなのでしょうか。
たとえば中国のことを語るときに、政治の問題は抜きにして話しましょう、などという人がいます。
「政治」などという特定の領域があると考えるのが、間違っています。
中国で虐待されている人がいることを、指摘することは、政治的発言でしょうか。人間としてどう思うのかが問われていると思います。

私は日本が大好きです。
だから、その日本が蹂躙されることに耐えられません。
政治家がどうのこうのなどと言ってられません。

日本人として、日本の文化、伝統を守りたい。それを次の世代に受け継いでいくのが、自分の責任だと思います。

普段の生活の中で、少しでも、何ができるのか、考えたいと思います。
その延長で、日本のことを本当に考えてくれる政治家を、選挙では選びたいと思っています。


Posted by ほー at 2011年05月14日 00:40

>ほーさん。

コメントをありがとうございます。

>たとえば中国のことを語るときに、政治の問題は抜きにして話しましょう、などという人がいます。

確かに、中国の文化などの話をする際には 政治のことを抜きにして話すことがありますね。
でも、中国の文化は歴史とともに変化し、それは政治によって大きく影響されてきたこともあるので、
すべては政治につながっているのだろうな…と思います。

>私は日本が大好きです。だから、その日本が蹂躙されることに耐えられません。
>政治家がどうのこうのなどと言ってられません。

私も日本が大好きです。
その日本の舵取りをしているのは政治家なのですよね。
政治家の考え方、日本をどんな国にしていきたいかというビジョンによって、
日本の将来は大きく変わってしまいます。
だからこそ、政治って重要なんじゃないかなと思うのです。

政治なんて誰がやっても同じ。私はそうは思いません。
現に、今はとんでもない方向に日本が向かいつつあります。
日本が蹂躙されていくかもしれないんですよ。

国民がしっかりしていれば、ちゃんとした政治家を選べるのではないかと思います。
目先の甘い言葉に惑わされてしまう国民が多いと 口のうまい噓つきな政治家が当選してしまいます。
日本のことを愛し、日本のために政治を行う政治家を 厳しい目で国民が選ぶようにならなければ、
日本は間違いなく沈んでいくだろう…と 私は思っています。


     藤 えいと@

Posted by 藤 えいと@ at 2011年05月18日 01:20
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