2011年02月13日

『追儺』

チーム桜子・空木晶子です。

お久しぶりです。


もうだいぶ過ぎてしまった、節分のお話ですみません。

みなさんも小さい頃、家や学校で

節分で豆撒きをした事がありますよね。


節分。追儺(おにやらい)

追儺(ついな)の節句と、いろいろな呼び方があります。


諸説ありますが

中国から入ってきたこの習慣。

宮中行事で大晦日の日に一年の厄を悪鬼に見立てて

豆で追い払うのは、同じですが、

最初は、方相氏が追従の子供や大舎人などを従えて

一年の厄や疫病、妬みや嫉みなど、

《見えない仇なす物》を見えない鬼として

宮中から追い出し滅すと言う行事です。


そう、方相氏は守護人なのです。


鬼を追う役の方相氏の姿が恐ろしいことから、

後世にはむしろ方相氏が鬼そのものと見なされるように

なってしまったそうです。

平安時代末期には後ろに付き従った群臣も、

むしろ方相氏を追い回すように解釈され

室町期になると、はっきり方相氏とは鬼のことである

と記述された文献も登場したようです。


つまり、宮中を守り悪鬼を払う者が、

何時の間にか追われる者となってしまったのです・・


これは、平安期に隆盛を極めた陰陽師達が、

民間へと散っていった後に彼ら自身が畏れられ、

忌避される存在になってしまったのと

同列なものであろう。

ここでも畏れは恐れへと変わり、

祓うものが祓われるものへと

変化していったのである

胡蝶の見果てぬ夢様方相氏考のページ

一部引用させていただきました。


節分になると、いつもこの話を思い出します。

まるで、現代の日本にも通じる話ではないでしょうか?


本来日本を守り、人々を守る人達。

そうして守ってきてくださった先人たちが、

守ろうとしてる日本人から追われることがないように

子供には、正しいものの由来を

きちんと伝えていこうと、思います。


写真は、今年の追儺の床飾りです。

柊。豆・いわしです。

2011-02-07 13.32.59.jpg             

空木晶子

 
 
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posted by チーム桜子 at 23:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 空木晶子
この記事へのコメント
空木さん、こんにちは
そうですね、それは自衛隊にもいえる事ですよね。
Posted by お鍋 at 2011年02月14日 14:49
お鍋さん

こんばんは(^^)
はい、そう思います。

だからこそ、由来や歴史などは正しく伝えなければいけないと思います。

ありがとうございました。
Posted by 空木晶子 at 2011年02月17日 23:28
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