2015年09月05日

『シリア難民の子どものニュースとCBC報道 』

チーム桜子・マリノフ利江です。

トルコの海岸に打ち上げられた子供の写真が

世界中で大きな反響を巻き起こしているが、

この報道に関してカナダ国内では

Canadian Broadcasting Corporation(CBC)の

報道に対する非難が起こった。

理由はCBCが事実を確認しないで誤報をしたためである。

CBCは誤報をすぐに認め訂正記事を掲載したのだが、

その記事がお粗末だったため、

さらに非難される結果になった。

犠牲になったのは3歳と5歳の子どもとその母親である。

この男性の家族はトルコからボートで

ギリシャのコス島へ向かう途中にボートが転覆して死亡し、

父親だけが助かった。


CBCはバンクーバーに住む子どものおばが

この家族の保証人となりカナダ政府に難民申請をしたが

却下された、と報道。これを受けて自由党のトルドー党首は

「2万5千人のシリア難民をすぐに受け入れ、シリアだけでなく

他の紛争地域の難民を受け入れるべきである。

選挙運動のさなかに突然思いやりを持つことなんてできない。

思いやりがないかあるかだけだ。

ハーパー政権は、カナダはもっとできることがある

というNGOや野党、国際社会の声を無視している。」

とハーパー首相を非難している。


新民主党のモルケアー党首もまた、

「国際社会もカナダも難民問題では

効果的な対策を打ち出せなかった。

すぐに行動するべきだ。

カナダは即座に1万人を受け入れるべきである。」

とハーパー首相を非難している。


反保守党、反ハーパー政権で知られるCBCがハーパー首相に

バイアスのかかった報道をすることはいつものことなので

驚かない。今回も「溺死した子どもふたりは将来

カナダ人になっていたかもしれない」

などと言っている。一体どういう意味なのか?

ハーパー首相がこの二人を見殺しにしたとでも

言うのだろうか。まったく的外れな発言である。


このシリア人の家族は安全なトルコに逃げて

そこで生活しており、身の危険はなかったはずである。

そして、亡くなった二人の子どものおばは

密航を手助けするためにお金を送っていたことを

認めている。

新聞のコメント欄を読むと、

幼い二人が亡くなったことは、悲劇であり

悲しくてつらいことである。

しかし、この家族を受け入れなかった責任は

カナダ政府にあるのか、結局この責任は

親とお金を送ったおばにあるのではないか、

という意見が圧倒的である。


要するに、カナダは十分移民を受け入れてきている。

カナダ国内にある問題を放置して

移民や難民を受け入れる余裕はない、

とうのが大多数のカナダ人の意見なのである。


Enough is enoughと感じているのである。


CBCや新民主党、自由党の声は必ずしも

カナダ国民の意見を代表している訳ではない。


CBCの偏向報道はいつものことだが、

今回の対応はまるで朝日新聞のようである。

情報を検証せずにセンセーショナルに事件を報道する。

次の日間違いに気が付き小さなまるで言い訳のような

お詫びの記事を掲載してハイ、終わりである。


    CBCの訂正記事
cbc.png


CBCはカナダの公共放送であるが、

中身はNHKとさほどかわらず

報道の中立性はかなり低い。

そして10月の選挙に向けて反保守党、反ハーパー政権で

ネガティブキャンペーンを強めている。

カナダ国民の税金が使われているCBCだが中立性もなく、

ジャーナリズムの倫理に反するような国営放送は

政府の資金を断ち民営化する以外にないのではないかと思う。



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posted by チーム桜子 at 14:32| Comment(10) | TrackBack(0) | マリノフ利江
この記事へのコメント
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-1232.html子宮頸がんワクチン接種後、171人に症状 = 痛み訴え、学校や部活休む

Posted by junn at 2015年09月05日 15:59
カナダにもNHKみたいなのがあったとは!
Posted by おかゆ at 2015年09月07日 16:06
「チャンネル桜チーム桜子」の皆さま、はじめまして。

「チャンネル桜掲示板」にて同じく「日本学会」会長というニックネームでお邪魔させていただいている者です。
ニックネーム通りのささやかな草の根運動を、お恥ずかしながらの零細勢力ではありますが頑張っております。
自己PRは掲示板の方でさせていただいておりますので、この度の投稿では控えさせていただきます。

マリノフ利江さん、はじめまして。
個人的には「難民」と「移民」という意味の違いについて、きちんと社会政治的理解を深める努力に取り組み、それを定着させなければ、我が国が本件の課題に取り組む上で深刻な過誤が生じるのではないかと考えます。

マリノフ利江さんのレポートから「無責任でセンチメンタルなヒューマニズム」を教条主義的・公式主義的に論じるかのような浮説・風潮は、日本のみならず欧米諸国でもその社会政治的条件を同じくしているのだろうということを教えられたような気がします。

重要なレポートありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いします。
Posted by 「日本学会」会長 at 2015年09月09日 00:59
 日本学会様 

はじめまして、いつもご苦労様です。日本学会様は?どのようなお方で団体でしょうか、海外在住の方のようですが日本の印象はいかがですか、日本の悪口ばかりいう勢力が海外でも広がりつつあるこの頃です。真実を世界に日本から発信していかなければならない時期が来ていると私たちも受けとめています。共に頑張りましょう。

チャンネル桜では旧掲示板の時まで参加していましたし、お世話になりました。ずいぶん変わりましたよね、社長がくだらない内容を排除して変えたいとの方針でした、あの時のような熱意や同士の集うURLも書き込めなくなって寂しい気もしますが。いつでもこちらにも気軽に来てみてください。有意義な座談ができる方のご参加は大歓迎です。お体にお気をつけて、どこかでお会いしましょう、それではまたです。
Posted by 自由と言論の会 設楽雅彦 at 2015年09月10日 21:58
youtubeの「井上和彦 ニュースを斬る ♯2 桜H27/9/8」の10分07秒のところで、井上氏が「ちきん」と発言してるが、「やきん(冶金)」の間違いではないか?もし指摘の通りの誤りであるなら、これは軍事の基本の初歩の初歩、大変に恥ずかしい読み誤りであると言える。

このぐらいは、横にいる「まゆちゃん」か、スタッフの誰かが指摘できるはずである。高卒でも読めるのだから・・・。
Posted by 不可解 at 2015年09月11日 18:16
「自由と言論の会 設楽雅彦」さま、こんばんは。
はじめまして。
あたたかいご挨拶とお気遣い、そして心強い激励のお言葉を頂戴いたしまして、心より御礼申し上げます。
また遅れてのお返事となってしまいましたこと、深くお詫び申し上げます。

自己PRは恐縮ですが、せっかくのお尋ねですのでお言葉に甘えてアピールさせていただきます。

「日本学会」は、昭和12年に文部省思想局より出版された「国体の本義」、昭和16年に文部省教学局より出版された「臣民の道」そして昭和17年、雑誌『中央公論』および『文学界』において論じられた中心テーマ「近代の超克」などを創造的に発展させ現代的に展開する、という実践的立場にたつ一点で共同することを私が友人・知人らを中心に呼びかけ発足させたものです。
ちなみにこれら「国体の本義」や「臣民の道」そして「近代の超克」などいった「国体明徴の理論体系」とは、一言で言って「日本と日本人の自己信念体系の理論」だというのが私の主張です。

社会の発展、科学の進歩などによってこれらのその内容は常に創造的に発展するとの立場にたちます。
こうした取り組みの中で生み出されるであろう学説(水島総監督の「日本を主語とした」という言葉をお借りすれば「日本を主語とした学説」)は、現代における「国体の本義」や「臣民の道」そして「近代の超克」などの真の継承・発展となるべきだとも主張しています。

日本学会員は日本人として自らのよってもってたつ立脚点を、自信を持って「『国体の本義』、『臣民の道』そして『近代の超克』など」に見出し、その賛同と支持を呼びかけています。
つまり「日本学会」は、昭和12年の「国体の本義」、昭和16年の「臣民の道」そして昭和17年の「近代の超克」などの「原則」を教条のようにあがめ奉るのでもなく、また「条件が変わった」というのでこれを修正するのでもなく、本質的な理論として整序し生きた現実に創造的に適用していく、この実践的立場に立つことを哲学的にも明らかにして、現代日本人の「今」と「未来」への実践に貫くため、一人ひとりができる、あらゆる努力を、いますぐ始めることを訴えています。

随分と大げさなことを長々とアピールさせていただきましたが・・・。
私を含め仲間の日本学会員も、普段はみんなそれぞれ自分の仕事についているため、その合間をぬっての学会活動を、お恥ずかしながらの「零細」で何とか頑張ってます。

「海外在住の方のようだが〜」
いいえ、私は国内在住です。

「共に頑張りましょう。」
「どこかでお会いしましょう」
何とも嬉しいお言葉をくださいました。
きっと将来「現場」でお会いすることになるのではと胸躍る気がしております。
そのときはぜひお食事をご一緒させてください。
そして日本の行方について語り合い、ともに手を取り合える日を楽しみにしております。

「掲示板」ですが、私は「もう一時閉鎖するべきだ」と思っております。
その旨はスレを立てておりますので、お暇なときにでもぜひご覧いただければと存じます。

あたたかいコメント本当にありがとうございました。
どうか設楽さまにおかれましても、お体にお気をつけていただきますように。

これからもどうぞよろしくお願いします。
Posted by 「日本学会」会長 at 2015年09月13日 22:00
ドイツの「寛容的」な難民受け入れ姿勢について思うところがあります。

戦後ドイツの社会政治的善悪の価値判断基準は「ナチス」を軸に思想的設計がなされました。
「それはナチ的か否か」で政治的善悪が判断されるのが戦後ドイツです。
「ナチス」は異民族、とりわけ「ユダヤ民族」に対する差別・偏見・迫害に勤しみましたが、こうした「反省」に立った社会政治的選択肢として「異民族に対して寛容である=ナチ的ではないから善」という「ドイツの良心」が、現下中東難民に対する姿勢となって現れているのだろうと思います。

気になるのは今から3,40年後、あるいは5,60年後の社会科の教科書の中で、この「中東難民(シリア難民)」の問題がネガティブな意味で記述されるのではないかということです。
「後に全ヨーロッパ社会を揺り動かすことになる政治的・社会的動乱の始まりとなった」
「だれもが予想し得なかった政治的大変動であった」
「ヨーロッパ社会全体を混乱に陥れ、あらゆる機関や単位において組織的にも人的にも深刻な亀裂をもたらした反面、ついに何らの具体的成果を生み出すことはなかった」
「一時期、世界史上の進歩的な実験だと外部世界でたたえられたヨーロッパ連合や多文化共生社会の実現、有機的に結合した人権市民社会の建設などは、当のヨーロッパにとっても大いなる幻影であり、虚妄でしかなかったばかりか、ヨーロッパ社会をずたずたに引き裂いた悲劇的な動乱だったのである」
と・・・。

「善良な民主国家・社会」として「ナチス」と決別し否定する戦後ドイツの姿勢が、皮肉なことに新たなるナチズムを生み出すことになるのではないかと思えてなりません。

単純な「ヒューマニズム」では語れない、考えられない深刻な現実(リアル)がそこにあるということを考えさせられます。
Posted by 「日本学会」会長 at 2015年09月15日 00:12
「日本学会」会長様

ご丁寧にご挨拶をありがとうございます。私共も共鳴するところがございます、「臣民の道」にしても戦後の日本人に失われた文化遺産ではなかったかと思います、道徳、国家社会奉仕の勤労を美徳とするのは元来、日本人の臣民教育の根幹でした、戦後教育の荒廃で個人主義や身勝手な日本人らしからぬ手本を戦後の占領軍に徹底的に教え込まれたもので今日まで悪しき教員の労働組合などが暗躍するきっかけでもあります。

私たちも世界人類の平和と自由と平等も世界それぞれの国が独立してこそ主権在民は安全に守られていると考えております。貴方様方の本質的な理論も独立主権国家を支える重要な根拠だと思います。

日本学会様、一通り読ませて頂いております、

>>「善良な民主国家・社会」として「ナチス」と決別し否定する戦後ドイツの姿勢が、皮肉なことに新たなるナチズムを生み出すことになるのではないか、全くその通りだと思います、戦争の反対は平和ではありません、力に借りた正義なる唯物思想が支配的にならないか危惧されます。ある報道を見ておりましたら、年配のドイツ人が戦後のドイツはマゾヒストだと言っていたの思い出しました、敗戦国、戦勝国の徹底的な支配をされたなら政治家やマスメディアはどう変わるか、ドイツの外国人労働者排斥運動を見てわかります。

我が国にあっては今、まさに「平成の維新」ではないかと思います、1人1人が危機意識を持つ重要なきっかけになり、大学など高度な教育機関も問題点を堂々と講義でき、左翼的言動は萎縮しなければならない、世界人類は家族的であるべきですが、家族になってはいけませんし、主権国家独立こそ家族の構成単位にならないといけない。

貴方に置かれまして、まさに正しい啓蒙と分析の情報発信を期待します。頑張って下さい。
Posted by 自由と言論の会 設楽雅彦 浮田 小野 at 2015年09月15日 01:11
自由と言論の会 設楽雅彦さま、こんばんは。
そして浮田さま、小野さまには初めましてのご挨拶を申し上げます。

場をわきまえず長々と身勝手な自己PRをしてしまいましたが、あたたかいお返事をくださり誠にありがとうございます。
ご賛同まで賜りましたこと、深く御礼申し上げます。
また、遅れてのお返事となってしまいましたことを深くお詫び申し上げます。

「戦後の日本人に失われた文化遺産ではなかったか」とのお話をお見受けしますが、私もまったく同じ思いです。

日本人にとってなにが「大切なこと」なのかを示されたお手本に「教育勅語」がございます。
謹んで拝し奉りますと

「之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス」

との仰せがございます。
要するに「日本人」のみならず「全人類」「すべての人間」にとって過去・現在・未来を通じても普遍的価値と真理があるというわけですね。
陛下様の御聖慮あまねき、御聖旨深きことに、ただただ畏れ多く恐悦至極に存じ上げ奉る想いが込み上げてまいります。

「臣民の自覚」があってこそ初めて「臣民の道」は成ると考えております。
もともとは「貴族たるもの、身分にふさわしい振る舞いをしなければならぬ」という意味から生まれた言葉に「ノーブレス・オブリージュ」があります。
近代に入り、国民国家と市民社会の時代を経ると「身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会政治的責任と義務がある」という意味に発展し、現代では欧米社会における基本的な道徳観となっています。
あくまで欧米において「高い地位や身分の者」に見出されたこの「重い責任・義務」を、貴賤貧富の別無くあまねく国民大衆へ求めた日本の在り方は、まさに誇るべき国体の精華であり、日本の世界唯一たるところのオリジナリティーであると思います。
水島総監督が「戦前・戦中を通じて日本人全員がノーブレス・オブリージュであった」とお話しされていますが、まったく本質的真理をついた名言であると感銘を受けております。
「教育勅語」そして「臣民の道」には、日本人のノーブレス・オブリージュを見出します。
「天皇陛下の臣民(赤子)である」ということに、この上もない光栄を胸に抱き、ヨーロッパ社会における貴族など高い身分の者に等しい誇りと責任・義務を、誰もがそれぞれの立場で実感していたというわけです。

私は「臣民の自覚」も呼びかけています。
「一君万民の理」にも明らかなように
「天皇陛下の御前においては皆赤子である」
そして
「天皇陛下に忠義を尽くし奉る者は各々が皆その尊さと価値とにおいて等しい存在となる」
「この世の合法的な職業はすべてお国のためとなり、天皇陛下の御ためになる神聖な営みである」
「皇室は我が家の御本家・御宗家であらせられる」
など、各人の「臣民」という自覚が、日本の「再生」と「復興」に大きなエッセンスとなるであろうと私は思います。

「家族」や「子供」といった内容についても主張したいことがあるのですが、また別の機会にお話しさせていただければと存じます。

自らの呼びかけた拙い学会活動を通じて主張させていただいているのですが、私は「咲く花(思想・信条・立場など)は違っても、根っこ(信念の体系すなわち国体の本義など)は同じ」という「スタンス」を提唱しています。
もちろんこの「スタンス」は、日本学会員のみならず、日本人ならば「当たり前」のように、水や空気のようにありふれた、普段全く意識せずとも共有したい、むしろ共有すべきものであると私は考えます。
戦後はこの「根っこ」を失ったまま現在に至っています。
「根無し」の茎や幹、そして枝葉に様々な花や果実が実っているという状態です。
私はそこに「時代」と「社会」に不自然なエレメントを見出せるような気もしているのです。

「日本学会」は、日本を愛してくださる世界の国民・民族と手をつなぐために、「国体の本義」や「臣民の道」そして「近代の超克」などを激動する世界に輝かせたいと考えます。

戦後ドイツの現状には、本当に危惧しています。
先に申し上げました「新たなるナチズム」は、この先「ヨーロッパ大陸内における文明の衝突」となって全域に「それぞれのナチズム」という形で勃興するのではないかと不安でなりません。
振り返りますと、もともとのナチズムは初期の文明思想から末期の擬似宗教へと変遷をたどっていきましたが、人種論の導入等を通じて宗教性を濃厚に帯びることになる前はこの「ユダヤ人」に対する意識は「非ドイツ的」あるいは「反ドイツ的」というシンプルな「認識」でした。
「ユダヤ人はドイツに適応せず、国家・国境を超え、あらゆる国家の中に寄生して国家の中にユダヤ人国家をつくってしまう」
それ故に
「ユダヤ人は必ずドイツを裏切り、平気でスパイを行い、ドイツ国家と文明を破滅させる」
といった単なる「不信感」のようなものでした。
それはただの強迫観念であったのですが、この「中東難民」に関して看過できないのは、彼らの大多数が「ムスリム・ムスリマ(イスラム教徒)」であるという点です。
ムスリム・ムスリマは、国や地域を問わずどこでも必ず「イスラム共同体」を形成して、そのコミュニティーの中で生きることを基本としています。
かつて初期の「ナチス」が「ユダヤ人」らに向けて想像を膨らませた「非ドイツ的ユダヤ共同体」という「幻想」が、その対象を「ユダヤ人」から「ムスリム」へと変えた「新しいナチズム(ヨーロッパ新民族主義)の時代」が訪れるのではないかと危惧しています。
「良心的路線」とされるこれまでの「寛容的な融和政策・人権政策」に反対し、イスラム教徒や有色人種の排斥を主張する新勢力の誕生は時間の問題であろうと私は考えます。
私はヨーロッパ各国の職場・地域などを単位にして設けられたネオナチの末端組織がすでに息をひそめているのではないかと見ています。
この「中東難民」への対応を誤れば、近くこうした地域や職場などを単位にしてつくられたネオナチの末端組織がいよいよ顕在化・表面化した形の事件が連鎖的に群発するでしょう。
これは「欧米におけるナチス細胞(ファシスト細胞)」という私の持論の一部でもあるのですが、これ以上はご迷惑となりますので控えさせていただきます。

「戦争の反対は平和ではない」というご主張、今のこの時代だからこそ考察を巡らせるべき必要性を痛感します。
「反戦と国防は対立概念ではない」という「常識」を含めてもです。
反戦の意識が強ければ強いほどに国防の意識も高まるというのが万国共通の「良識」であるはずなのですが、我が国の場合はその真逆です。

また「平成の維新」というお言葉をお見受けします。
私は「平成の国体明徴」を呼びかけています。
このお話もまた関連トピックスでの機会を改めましてお付き合いくださればと存じます。

まとまりのない内容で長々と・・・ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

自由と言論の会 設楽さま、浮田さま、小野さまには、ありがたい激励のお言葉まで頂戴いたしまして、心より御礼申し上げます。

各位、今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by 「日本学会」会長 at 2015年09月17日 23:50
天皇陛下の万歳を祝し奉ります。
皇后陛下の万歳を祝し奉ります。

明治節おめでとうございます♪

明治節の佳節にあたり、ここに明治節制定ノ詔書*と明治節ノ祝宴ニ於ケル勅語*を謹載し奉り、お祝い申し上げます。



**明治節制定ノ詔書【昭和2年3月3日】

朕カ皇祖考明治天皇大業夙ニ曠古ノ隆運ヲ啓カセタマヘリ茲ニ十一月三日ヲ明治節ト定メ臣民ト共ニ永ク天皇ノ遺徳ヲ仰キ明治ノ昭代ヲ追憶スル所アラムトス


**明治節ノ祝宴ニ於ケル勅語【昭和3年11月3日】

朕曩ニ明治天皇ノ懿徳ヲ頌揚シ其遺業ヲ追念セムカ為明治節ヲ定ムル所アリ今此佳辰ニ値ヒ祝宴ヲ開キ各国代表者並諸大臣等ト歓ヲ偕ニスルハ朕ノ満足スル所ナリ茲ニ友邦ノ君主及大統領ノ健康ヲ祝シ併セテ交際ノ益々親密ナラムコトヲ望ム
Posted by 「日本学会」会長 at 2015年11月03日 21:06
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