2015年03月30日

『恥じない生き方』

チーム桜子・神保京子です。

先日、おじが急逝し、お葬式に参列してきました。

60代半ばでまだまだ元気だったのに

早朝洗車をしていたときに倒れ、

発見が遅くなって処置が間に合わず旅立ったのだそうです。

直前まで元気で、車の中には食べかけのパンが置いてあり

洗車後に出かける予定だったのだそうです。

検死の結果は心筋梗塞だったそう。


おじの死に驚きはしたものの、

私はこのおじが大嫌いでしたので、

突然の死にも悲しみは湧きませんでした。


彼はさんざん親戚に迷惑をかけて、

あちこちに借金をしていたので、

きっとろくな死に方をしないだろうな。

と内心思っていました。


そんな人が冷たいコンクリの上で誰にも発見されずに

亡くなっていたと聞き、人生って帳尻が合うように

できているのだな。と不謹慎にも葬儀のあいだに

ぼんやりと考えていました。


おじの死に際し、やはり人に恥じない生き方を

していきたいと心から思いました。

人からお金を借りたり迷惑をかけても何とも思わなかった

おじは恥の感覚が欠落していたのだと思います。

戦後すぐの頃に生まれ、高度経済成長とともに

物とお金に翻弄されながら生きていたおじは

結局、欲望を抑えて身の丈に合った暮らしを

選択することはできなかったし、周囲の言葉に

耳を貸すなんて発想もしなかったのだと思います。


ただただ愚かな道を選び続けたおじは

人生を正しい方向に導いてくれるような人に

出会えなかったと言う点では

非常に可哀相だったのだと思います。

今回、近親者が亡くなっても何とも思わない

私自身の非情さに打ちのめされますが、

せめて、彼の生き方を反面教師として

私は人に恥じない生き方を模索していきたいと思いました。

 
 
ブログ村 ブログ村
posted by チーム桜子 at 17:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 神保 京子 
この記事へのコメント
身近な原発や派遣法改悪の問題には目もくれずに天下泰平を論じている方々が「恥じない生き方」ですか(笑)
Posted by ら at 2015年03月30日 22:24
神保様、お悔やみ申し上げます。

御叔父様は、与えられた生き方や現状に満足できない一発逆転ホームランの様な博打的な人生も悪くないと、心の中に現実とは全く違った生き方をするご自身の姿があったのでしょう。

人の心を動かすのは物欲でしょうか、違います、その人が欲しがる心の豊かさです。お金があれば何不自由のない人生が切り開けるかもしれませんが、自分が豊になっても今度は世の中に恩返しをしなければ豊かさは遠ざかってしまうかもしれません。人は歯車です。人生の幸運は何かに翻弄され続ける連続で動いているのです。質素な暮らしを求め、暖かい家庭や人間関係を求めたくてもできない人もいます、その人たちにとってお金や物の価値感ってなんでしょう、その人にとって冷たくつらい人生を生き抜く力や術を求めるより、僅かな元手でも将来への担保に大きな賭けで大きな買い物をすることも決して間違った選択肢でもありません。しかし、物事の結末はまさにその人の決心と結果だと思います。

叔父様はきっと感受性が強い方で、世の中を様々に敏感に先取りする強い個性的な才能に気づいて生き方の形を取りたかったのでしょう。だれでも道に迷ったりします。時間を失ったり、一時の人生の至福を逃すより、無鉄砲に動いて失敗しても悔いがなかったら無駄のないやり方だと私は思います。破天荒な時代に飲み込まれたりしないように神様が叔父様を天に召されたのかもしれません
。今は心安らかに、御親族で哀悼を捧げてあげてください。迷惑のかかった分、御親族は幸せにならなくてはならないのですから、皆さまの思いが通じ、天国に行った叔父様は見守ってくれるはずです。

泣いたり悲しんだりした後は、微笑むだけです、笑顔で迎えよう、明日の幸せを、みんな誰かに愛されて、そして誰かを愛してる(某テレビ番組エンディングより引用)、この言葉を送ります。


 
Posted by 社会人記者 at 2015年04月03日 03:24
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/115934099

この記事へのトラックバック